着物は「解体できる服」——直線裁ちが可能にした無限リフォーム
祖母の着物を、母が仕立て直して着る。洋服ではなかなか起こらないことが、着物ではふつうに起こります。その理由は、感傷ではなく構造にあるようです。
洋服のサイズが合わなくなったとき、わたしたちにできることはあまり多くありません。裾を上げる、ウエストを少し出す。その程度で限界が来て、あとはクローゼットの奥で眠るか、処分されるかになります。ところが着物には、同じ一枚を何十年も、ときには世代をまたいで使い続ける方法が用意されています。しかもそれは職人の特別な技というより、服のかたちそのものに最初から組み込まれた仕組みのようです。
一反の布を、切り落とさずに使い切る
着物のもとになる反物は、着物用の着尺で幅約36cm(並幅)、長さは12m前後とされています。細長い一本の布です。これを身頃、袖、衽(おくみ)、衿といったパーツに分けていくのですが、このときの裁ち方が着物の特徴です。曲線を使わず、すべて直線で断つのです。
洋服は人間の体という立体に合わせて布を曲線で裁ち、余った部分は切り落とされます。腕の丸み、肩の傾き、腰のくびれ。立体に沿わせるほど、布は不定形な端切れを生みます。いっぽう直線裁ちの着物は、反物の幅をそのまま活かして四角いパーツだけで組み立てられ、体との差は着る人が帯や腰紐で「着付ける」ことで吸収します。結果として、布を無駄にしないかたちが成立しています。
「解けば反物に戻る」という前提
直線裁ちの本当の利点は、作るときよりも、作ったあとに現れます。着物は、体に合わせるために余った布を切り落とさず、内側に縫い込んであります。だから縫い糸をほどいて並べ直すと、ふたたび一枚の長い布——ほぼ元の反物の状態——に戻せるのです。
この「戻せる」という性質が、寸法直しや染め替えを可能にしています。背が伸びた、体型が変わった、次に着るのは別の人になった。そのたびに縫い込んであった布を出し入れして、あらためて仕立て直す。服が一度きりの完成品ではなく、途中経過として扱われていると言い換えてもいいかもしれません。
洗い張り——服をいったん布に戻す工程
その解体を前提にした手入れが「洗い張り」です。まず縫製をすべてほどき、パーツを縫いつないで反物の状態に戻します(解き端縫い)。そのうえで生地を広げて洗い、湯のしなどでシワや縮みを整え、張りのある一枚の布に仕上げる。仕立て直しは、その布をもう一度縫うところから始まります。
興味深いのは、この工程で古い縫い目が消えることです。前の持ち主の寸法の痕跡がリセットされ、次の人の寸法で縫い直される。着物が世代を越えられるのは、記憶を残す仕組みと、記憶を消す仕組みの両方を持っているからなのでしょう。
着物が終わったあとの、長い後半生
生地が弱って着物としての役目を終えても、まだ終わりではありません。ほどいて布に戻したうえで、布団や座布団、そして日用の布へと姿を変えていきます。江戸時代について、環境省の『平成20年版 環境/循環型社会白書』は、着物や履物など日用雑貨のほとんどが再使用されていたこと、そして「衣服を購入する際には家族で同じ柄の服を購入し、後々つぎはぎしながら使うと良い」という当時の生活の知恵を紹介しています。同じ柄を選ぶのは、いつか継ぎ当てに使うため。買う時点で、修理のことまで考えられているわけです。
擦り切れたら小物に、それも難しくなったら細かく裂いて別の布に織り込む。布は最後まで、用途を下げながら使われ続けました。捨てる場所ではなく、次に渡す先を探し続ける流れがあった、という言い方ができそうです。
直線裁ちが、いまのわたしたちに言えること
着物のやり方をそのまま現代の服に移すのは簡単ではありません。けれど、考え方だけなら持ち帰ることができます。解体できるか。戻せるか。次の誰かの寸法に直せるか。——これは古着屋で服を選ぶときの視点とほとんど同じです。縫い代に余裕がある服、構造が単純な服、直す前提で作られた服は、それだけ長く生き延びます。
新しい服が悪いのではありません。ただ、すでにある一枚をもう一度仕立て直すという選択肢が、100年前には当たり前にあったこと。着物という服は、その事実を静かに保存している資料でもあります。
掲載時点の情報です。仕立てや手入れの手順には地域・流派により諸説ある場合があります。